新たな局面を恐れない理由

 慌ただしかった日々も、一段落してみればそれほどの事でも無かったかのように

あれだけ欲しかった休日も、一人で過ごす時間にふと寂しささえ感じてしまい

出会った大勢の皆さんは、今何をしているのかなぁなんて、想いを馳せたり

一杯一杯で右往左往し、震える足で仕事をしてた自分に苦笑し

もっと、もっと、遊びたかったし(仕事で)

何よりももっと感謝の気持ちを伝える事が出来ただろうにと

悔やんだり、悩んだり

それでいて、かつての慌ただしさが懐かしく焦がれような

ごった煮状態の心中なのですが


旭川、山形、富山、浜松、春日井、茨木、福岡、熊本、鹿児島…

わずかな滞在期間に濃縮した時間があって、感謝の出会いばかりでした

本当に、お世話になりました



正直な気持ちを、本音を言えばですが、重圧に耐えきれずに緊張しっぱなしの数ヶ月でしたし

一人になると隅っこの方でイライラしてくる短気を抑え、ドキドキしてくるノミの心臓を隠し続けて、極力笑顔でいようとするあまり、かえって意味も無くヘラヘラしてしまっているかのようで、複雑怪奇な自分であったようにも思えます(笑)

でも終わってみれば、なんでそんなにも混濁した心持ちだったのかと

今はけろっとして、他人事のように思えてしまう所もあって

清々しく、またお仕事をご一緒にしたいなぁなどと、思っているのですから

人間、節操が無いと申しましょうか、図々しいと申しましょうか

あっけらかんなもんです

でも、この感情の変化には理由があって

出会った皆さんが素晴らしい人達で、何よりも一生懸命だった皆さんに

僕自身が感化され、影響を受けて、変わってゆけたと思うんです

勿論全員じゃないですよ、ごく一部にはどうしても受け入れられない人もいましたが…(笑笑)

そのごく一部の人との出会いも含めてですが、なんだか非常に想い深く貴重な時間でした



極端で強引な言い方ですが、生きていればいろんな事があって、

困難や辛い事があって

それをひとつ乗り越えれば

新たにもっと困難な事や辛い事が待っていたりします

この連鎖はこの先ずっと続いていくのですが、そんな事は分かっちゃいますが

必ず、そういう時はやってくるもんです

『時の流れ』の憲(劇団員)のブログを読みましたが

そういう時に直面し、それを乗り越えようとする気持ちになるのは、もしかしたら

乗り越えるように、その時に、誰かに、仕組まれているものなのかもしれません

え?一体誰に?

そんな事は一生分からんでも、いいでしょうし

そんな勝手でご都合主義な人を人は、『M』と呼ぼうが『馬鹿』と呼ぼうが

そんな事も一生気にしなくて、いいでしょう

立ち向かおうとする、その前向きになる気持ちは

常日頃、周りの人達から分けて頂いているものなのですから



新しい局面に至って、感謝の気持ちが残ってさえいれば

また、更なる局面を迎えても恐れずにいれる

どんな時でも、周りに助けられている

じじ臭いようですが、身にしみて実感しています。





























| - | 15:43 | comments(0) | - | pookmark |

『スペース』

 久しぶりに書きます

本当に、久しぶりで何を書いて良いのやら…

戸惑ってしまいます

でも分かって書くってのも(確信犯的って意味で)面白くないでしょうから

意気込みも気負いも捨ててしまって

何とは無しに、書いてみます


あれからどれくらい経ちましたか…

ふと周りを見渡せば、この国が震えた日以前と変わらない何気無い日常のようで

でもふとテレビをつければ、近場でホットスポットが見つかるたびに、目くじら立てて右往左往しているかのように、住民をインタビューする報道の数々

なんとも、現場で踏ん張っている人をおざなりにするようなその演出に、飛ぼうとして崖っぷちへ立った者へ、寸前で飛べずにしてしまうような事言ってどうするのかと、そんな人達の想いをないがしろにする内容に、甚だ辟易してしまっています…

決して僕は浦島太郎なのではないのです

今日も昨日もその前の日も、欠かさずニュースは読んできたのですが

でも震災原発関連の報道を見る度に、どんな声をかければ良いのやら、どんな行動を起こせば良いのやら、ぱっとリモコンのスイッチを消して明日に備えて寝てしまえば良いのやらと

戸惑っていた時間はとうに過ぎてしまって

実はそれは、『偽善』で

今日を食うのに精一杯で

それにかまけてBOTTOMのブログなんてないがしろにしていた訳なのです

なんとも、都合のいい自分本位の言葉なのですが

…言い訳にすらなっていませんね…




舞台なんて、しょせん、なんの『力』も無いんですよ

『こんな時だからこそ』なんて言っても、人生を変えるほどの『力』なんて持ってはい無いのです

そうなんです

BOTTOMの公演を観てくれるお客さんには大変失礼かもしれませんが、所詮、出演者の誰かの友達なり友人なり親族が観に来てくれて、そこそこの感想を嫌われぬ程度に言ってくれて

映画を見るお金の二倍の料金を払って

それはラーメンを四〜五杯食えるお金でして

それでも、時間を共有してくれているのです

そんな、自分本位の有意義な時間なんぞに満足するだけでこの演劇の世界に身を置くなんて

世間知らずのおこがましさも甚だしい!!

身の程を弁えぬ者の一人に

僕もなっておりました…



この七ヶ月間

たまたま仕事で日本各地に行かせて頂きましたが

サラリーマンの方々と時間を共有して感じた事があります

大人達よりも、現地で出会った高校生達に(仕事の内容なのですが高校生達と触れ合うのです)

心揺さぶられる瞬間が数多ありました

それは、単純な事なのです

北も南も含めて同じなんです

…わざわざ言葉を交わしてくれる。つまりは挨拶やお礼を言ってくれるんです

こんな時だからって訳ではないでしょうが、大人も必死で仕事をしていますし

それは、家族を養う名目にはなっていますが

でも、大人達の中には今日の糧、明日の事ばかりに目が向くあまり

仕事のくくりで何かしらの優越があるのでしょうか、言葉が言葉になって無いんですね

それはつまりはコミュニケーションがとれ無いのです

それは例えてみれば、本音で語り合わぬ為の、高々と強固な

壁、のような、お互いのうちに必死で積み重ねていくような

そんな殺伐さがあって

遠かれ近かれ震災をくぐり抜けた高校生達と一緒にいる方が

僕は、安堵し感動したんです

過去形ではなくて、年末までまだまだ継続中なのですが

そうなのです

どんな仕事でも、どんな時でも、どんな言葉を交わせられるか、触れ合えるか、を期待してしまうのが人間の性なのだと

先輩達は言っていました

僕もそう思います


さり気なく飾らない言葉が、どれだけ無垢で大切か

身につまされる時間でした



『もう、ノーサイドにしましょう』

どこぞの首相が申しましたね

それこそ、分かっとらんのです

なって無いのです

大人も子どものくくりもそうです

政治家の、いい大人達の面々でそれを公然と声高に謳ってどうするんですか

それこそ分かったとらんを曝けてしまっているんです

とどのつまり、自分が大人なのかも分かっとらんと思ってしまうのです



僕は、大人になりたいのです

人に迷惑をかけずに生きて行く事は出来ませんし

一人で生きては行けません

そんな事は分かっています

でも、何とは無しに恥を承知で言わせてもらうならば

誰かと誰かが出会うって事は、誰かと誰かの心が煩うって事なのですね

でも、煩うってのは病のくくりだけの言葉事では無くて

心と心が震えるって事だと思います



開けっぴろげの、こんだけ間を空けての、あえての言い訳にさせてもらいたのですが

僕の親はこう言ったのを書きますね

『便りが無いのは元気の証』

ありきたりで確信犯的な言い訳なのですが

たしかに、『無』かったですが


僕は元気ですし、良き経験をさせてもらっています

空間を埋めています

もったいないからですし

空間、スペース(宇宙)ってのは永遠の謎なのですし

なによりも、こうして生きているって有り難いですし

元々がもったい無いお化けに取り憑かれた貧乏人の性分を持ち合わせてはいるのですが

本来は、もったいない(勿体無い)って言葉は

万物に対しての畏れ多き感謝の言葉だって

僕は知っているのですし

ね。
















| | 03:12 | comments(0) | - | pookmark |

お詫び

 未曾有の震災から三ヶ月経ちました

試練に耐えながら各々の価値観に変化を来す日々は、被災した地域だけではなく等しく日本人が共有した三ヶ月だったに違いありません

そんな中、ホームページの閲覧に支障が生じた事をここにお詫び申し上げます

東京の小さな劇団で日々のブログの更新も滞りぎみでしたが

閲覧して下さる方々がいて下さり、そしてご心配をおかけしました事を

申し訳なく思っています



少しでも変わってゆかねばと、かつての在り方を見つめ直して今後に向かってゆかねばと

志だけは臆する事無く、高く

劇団員一同思っております

あの日以来、友人関係や生活環境と、自分を取り巻く周辺知古の中にも芽生えて来た新しい価値観を大事に育んでいかねば

意味がありません


演劇に魅了されてしまった自分だからこそ

劇団規模の大きさに関係なくこのホームページで発信していく姿勢

表現する自分でありたいです

僕達は健在ですし次回公演の為の三ヶ月であったはずです

更新していきます

また愚痴とも言える心の小声を覗いてやって下さい

この度は本当に申し訳ありませんでした

僕達は健在です。







| - | 09:12 | comments(0) | - | pookmark |

栄光と悲劇

 きっかけは昨年のトルコでした

ステージスタッフのトルコ人達と束の間の会話の途中で、ふと、ギリシャの話題になった時

彼等話す言葉の端々に、何やら引っかかるものがありました

どうやら、トルコとギリシャの間には他国の者が口を挟めぬ因果があるらしい…



帰国後、思い出の片隅にしこりのように残ったままだったので、調べてみる事にしました

隣接する二つの国

ビザンティン→コンスタンチノーブル→イスタンブールと名前の変わってゆく都市は、現トルコにあります

ローマ帝国が395年に東西に分かれ、東ローマ帝国の首都がコンスタンチノーブルに置かれ、1000年統治支配されていた後、1453年トルコに滅ぼされました

東ローマ帝国はギリシャ、エジプト、シリア、小アジアを有していました

日本が誇る世界最古の木造建築法隆寺でさえ8世紀ごろ、その前の卑弥呼の話などでも3世紀、その前となると縄文時代…もはや原始時代と同じのイメージになってしまう僕なのですが、卑弥呼の時代には既に欧州では映画で見る様な絢爛豪華な鎧と剣で戦っていた事になります

そのローマ帝国以前では、もはや紀元前(キリストが生まれる前)の出来事になるのですが、マケドニア王の子アレクサンドロスがギリシアを支配した後、シリア、エジプト、ペルシャを征服、インドまで攻め入ってバビロンに凱旋した翌年亡くなったのが紀元前323年

映画『300』になったギリシャの都市国家スパルタの王レオニダスが300名でペルシャのクセルクセスと戦ったテルモピュライの戦いが紀元前480年

ブラビの『トロイ』のトロイヤの戦いともなると、もはや神話の領域で紀元前数千年となります

もう、想像の範囲を超えてしまうのですが、重要なのはギリシャ文化が広範囲に渡って広がっていったのは、これらの壮大な歴史に因ってであって、それをギリシャが誇りに思うのは必定な事なのでしょう

でも、その裏を返せば、侵略され陵辱され続けた国があってそこで暮らしていた人々がいたって事なのですね

因果な事ですが、東ローマ帝国を滅ぼしたオスマントルコ帝国はその後領土を拡大してアジア、アフリカ、ヨーロッパ(ギリシャもトルコに支配されていました)を侵略し第一次世界大戦で敗北後トルコ革命で消滅しました

二つの隣接する国の歴史は、今現在でも引き継がれる感情の端にしこりとなって彼等に残っているのかもしれません

それを感じる事は出来ても、理解するまで至らなかったのは、島国で生まれ育った僕だからではなく、まだまだ見聞の域が狭く無知で蒙昧だからに他なりませんね。

ゼウスの神殿









| ギリシャ | 10:08 | comments(0) | - | pookmark |

『演劇発祥の地へ』

原点というか、発祥の論など全く興味が無かったこれまでの自分

縁あってギリシャ神話を調べてみれば、これがなかなか、いやとても面白い

神話、伝説、言い伝え、どれも架空の作り話ばかりだと侮ってはならない

登場する神々は皆人間味溢れ、起こる極端な出来事はどれも欲深い心に起因している

最近の考古学ではミケーネ初め、発掘される遺跡が神話を実際に歴史上で起こった事実だと立証しはじめたそうで

ますます興味が湧いて来る

っと言う訳で、今夜22時の便でかの地へ行ってきます

演劇発祥の地、ギリシャ

演劇神ディオニソスに神頼みしてきます。




| 神頼み | 07:22 | comments(0) | - | pookmark |

机上の静謐

 机上で視線を窓へ向け人心地つく

梅雨空を予行する重たい空が見えて、隣接する甲州街道を行き交う車の音は閉め切った窓に遮られ、代わりにかつて外国車ディラーだった空き地に杭を打ち込む建設作業の音が聞こえてきた

『品潮記』のサントラをかける

なんの事は無い、いつもと変わらない日常だと、そう思えてもくるし

聞き馴染んだ曲は、『品潮記』を懐かしく思い出させてもくれる

ふと、先月末から今月の上旬に帰省した故郷の日々が甦ってきて

幼馴染みと何年かぶりに街へとくりだし、高校の同級生とばったり会ったり

親父や従兄弟とそれぞれ釣りに行ったり

相変わらず飲んでくだ巻いて、ごろごろして眠った



震災の影響でぽっかり空いた時間を利用した今までに無い長期の帰省は、何処か贖罪に似た後ろめたさも手伝っていて

会いたい人に会ったり、出来る事を出来るだけしようと勇んではいたのだけど

結局のところ、迷惑をかけてご厄介になっただけだったかもしれません


そんな事をつとつと思い返しているこの時

机上での静謐の時は

震災を免れ肉親親戚友人に不幸も無くて、自身の体も無事で時間もあって

賜われた時なんだなと複雑な想いに至ります

日本が劇的に変化したあの震災の後

二月経過して変化していくもの

社会にも自分にも問いかける時間であっても

良いはずなんですよね。

















| 二ヶ月 | 10:39 | comments(0) | - | pookmark |

『鈍病』

『現在の芸術は、安定した社会生活と経済活動の上に成り立っている』

最近ふとした時に気がつけば、何処かで聞いたこの言葉が頭に浮かぶ自分がいます

震災から一月あまり、いつしか…

未だ切迫した被災地の現状は対岸の火事のように…

時折携帯から発する警戒地震速報のアラームもどこか拍子はずれのようで…

どうにも、慣れなのか、自分が鈍くなってしまったようで…

季節が春に転じ、体感気温も上がり風の匂いも甘く風景が色づきましたが

客観的になっても心弾まないこの心境は

どすんと重い塊のようなものが、体に滞留しているような

名付けて『鈍病』にかかってしまいました



例年でしたら五月の節句に開催される故郷のお祭りに参加し、一年間に溜まった疲れを払い落としていたのですが、今年は早々に中止発表を耳にし…本来ならば意気消沈するところですが

理由を推測すると、無類の祭り狂には似合わず物分かりの良さを発揮してしまいました…

これも、この病の症状の一つかもしれません



気分を晴らそうと桜を見にも行きましたが、目に留まるは咲き誇った桜に繋がれた夜間灯らない行灯でした

そうそう、ソメイヨシノって桜は元来が一本の桜だって知っていましたか?

全世界で花開くソメイヨシノのDNAは、一つなんです

しかも種子を成さず自ら繁殖しないのです

ですから地球上で咲いている全てのソメイヨシノは、一つの原木のクローンなんですね

オオシマザクラとエドヒガン?(コマツオトメ)の交配によって生まれたソメイヨシノは接木(つぎき)で大きくなったものばかりなんです

接木とは、オオシマザクラの幼木を植えて幹の先をYの字に切り込み、そこにソメイヨシノの原木を挟み縄で縛って育てるのです

ソメイヨシノを作ったのは江戸時代の染井村の植木職人だそうで、今でも豊島区染井近くの山手線の駒込駅では、駅構内に流れる列車到着音は『桜』の曲が流れます

あ、それとこれも何かの文献で読んだのですが、終戦後、憔悴しきった人々の目を励ます為に焼け野原となった国土にソメイヨシノを植えたところが多かったそうです

学校にソメイヨシノの木がある記憶には、そういった理由があるのかもしれません



東京はすっかり葉桜となってしまいましたが、散ってゆく薄桃色の花のかけらも、風の流れを示してくれているように宙を流れてゆきます

被災地の開花の知らせも耳にしました

例年通りとはいえ、桜も一歩踏み出しているのかもしれません

繰り返してしまいますが、その桜は全て、同じ一本の木なんです

押し寄せる今後の不安や無力感は、何かを始める事でしか払拭されません

微力ながら僕も一歩、せめて半歩

書き始めてみます。















| 一歩踏み出す事 | 12:33 | comments(0) | - | pookmark |

『RENEW』

ちらほらと、やっと桜が咲き始めました。今年は例年よりも遅い。桜も気を配っているのかもしれません。



でも上野公園や井の頭公園といった花見の名所には、「今年の花見は控えるように」との看板が立ったそうです。

たしかに、両手を上げてのお花見気分にはなれませんが、自粛自粛の世間の風にも素直に靡けそうにもありません。

ふさぎ込んでいても何も始まりませんし、元気を押さえつけても体に良くありません。

ニュースを見ていても分かっているような事しか報道されませんし、すっきりしない情報公開を待つよりも桜を見に行こうじゃないかって思ってしまいます。

鬱々としたこの気分にはどうやら、息抜きが必要なようです。




ここで『RENEW』です。
(再び新しくする、新品のようにする、元どおりにもどす)

それに伴って、ホームページが新しくなりました。だからといって特別報告する事柄もないのですが、少し気分が晴れやかになりました。

例年より遅れましたが、桜は咲きます。花粉症も変わらず凄いですし、明らかに春の陽気になりました。

いままで通りとはいかないかもしれませんが、僕は桜を見に行こうと思います。











| BOTTOM-9 | 08:54 | comments(0) | - | pookmark |

『東京消防庁』

泣けた…

東京消防庁の記者会見を見ました。現場で実際に作戦を遂行した警防部長さんと2人の総括隊長さん

丁寧で誠意に満ちた作戦の説明する部長と

毅然と心境を吐露する二人の総括隊長の姿は

実に立派でした

記者との質疑応答で

それぞれの内から溢れる想いの丈を聞きました

涙が止まりませんでした。

本当にありがとうございました!!

この感謝と感動は生涯忘れません。





| 福島第一原発事故 | 01:15 | comments(0) | - | pookmark |

『一週間の始まり』

 東北関東地方を襲った未曾有の大災害から一週間が経過しました。押し寄せた大津波は沿岸地域の街を悉く飲み込み、渦巻く黒い濁流となって、全てを海へ持ち去ってしまいました。いずれの街も、住民が共に命を育んできた瞬間の積み重ねが風景の一部となって、時を刻んでいました。その刻み続ける時は決して止まる事無く、こうして一週間の経過を告げるに至りました。

一面の瓦礫と泥水に浸かった街の、かつて道だった道にトラックや人々が往来する光景がテレビで流れるたびに、懸命に復興へと尽力する方々の想いを垣間見ているようで、一傍観者の非力を感じてしまうと同時に、ここ、東京で今生きる者に何が出来るか、自らに問い続ける一週間でもありました。

計画停電の影響でしょうか、燃料や生活物資の突然の欠乏や交通機関の制限の為に駅や店に長蛇の列ができたり、いたずらに放射能を危惧するメールが送られて来たりと一時は騒然としていた周辺もいくらか落ち着きを取り戻してきました。

こうして、一週間の時を重ねて変化してゆく気持ちの在り方もありました。一時騒ついていた気持ちも一段落し以前より増して客観的になってしまいましたが、今、非力たる僕に出来る事は限られていると思います。節電を心がけたり、少し早起きして電車に乗ったり、仲間と会って近況を語り合ったり、家を片付けしたり、食事を作り置きしたり、ニュースを気にしたりと、どれもこれも小さな事ばかり、それしか出来ませんし簡単なことばかりです。

また一週間たったらどんな心持ちになっているか分かりませんが、この難局を、大げさに言えば国難の非常時に、小さな事を積み重ねている人達は大勢いるとおもいますし、それだって立派に復興に向かって尽力している事に変わりはないとも思います。

災害に遭われた人達を考慮し様々な催しが中止又は延期された話をよく耳にします。必要以上に自粛するのは気持ちまで萎えてきそうでどうかとも思いますが、こうして小さな事を心がけてみますと、意外と今までに気がつかなかった慢心していた自分や、忘れていた謙虚な姿勢を思い出させてくれたりもします。

先日、地震の三日後でしたが公演を再開していたとある舞台を観劇して来ました。案の定お客さんはまばらでというより、わずか数人のお客さんでしたが観客を目の前にして座長が挨拶しました。

「こういう時こそ、やらなきゃいけないと思いました」

不謹慎と非難するか称賛に値するか、感じる人はそれぞれです。でもそこへ(劇場へ)わずかでしたが集った人の為にその公演は行われました。今生きている事を大事にしたいなどと大層な大義を掲げて小さな劇団を主宰している僕は、その想いに共感し本来在るべき演劇の姿を気付かせていただき、感謝しました。

何が出来るかと想いを巡らし、消沈する日々は続いていますが、足を止めずに前を向いていく姿勢は崩さずにいこうと決意新たに、一週間の始まりです。

がんばれ東北。がんばれ日本。みんながんばっています。










| 東北関東大地震 | 08:20 | comments(0) | - | pookmark |

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