『黒鉄さん…』最終回

『黒鉄さんの方位磁石』の公演から1ヶ月経ってしまいました。
ってことは、後11ヶ月で次回公演の本番ってことです。
すでに、胸中、焦っています…

次回の公演は何を書こうか、どんな内容にしようか、
いろいろと模索しているのですが、次の作品に本腰入れて向かう為に
今回で『黒鉄さんの方位磁石』に関しては最終回とします。

台本を書くって事は、妄想の世界に入るって事なので
日常の生活に、様々な支障や弊害が起こります。
簡単な例えだと

・電車に乗っていて考え出すと、最寄駅で降りられなくなる。
・換気扇を二時間くらい見続ける。
・眠れなくなる。

あれやこれやが常時頭の中を巡っていくので、時間の観点がなくなってゆきます。
日付や曜日感覚がなくなるので、ゴミ出しや銀行振込など、
気をつけないと、信頼をなくす恐れがあります。
自分で自分の事がもっとも信用できなくなりますので、
付箋やメモなどあちこちにたくさん貼り付けます。そのため、
デスク回りの壁やPCがカラフルな熱帯地方に生息する鳥のようになります。

でも、良き点もあります。

・花粉症の症状が出ません。(家からあまり出ませんので)
・窓から見えるケヤキの木の葉に季節を感じて、愛おしく思う。
・取材という名の旅に出ます。

一番の楽しみでもあります取材の旅。
台本を書くにあたって、リサーチしませんといけませんからね。
実際に見て触れるは大切ですからね。
あくまで、お仕事の一環ですからね。


空の転車台


石炭の山

転車台のSL

C108

天竜川の鉄橋

『黒鉄さんの方位磁石』を書くにあたって、取り上げたいテーマを三つ決めていました。
『認知症』『戦争』『東京五輪』です。
今年は戦後70年です。国会では集団的自衛権が盛んに叫ばれ、そして5年後に二回目の東京五輪を控えています。
そんな現代に、認知症の方の徘徊など高齢化社会特有のニュースも目立っています。

昭和に焦点を当てたお話は、郷愁を誘いますが
痴呆に焦点を当てますと、人によってはあまりにも身近過ぎて、
物語に入り込めないかもと、承知していました。
忘れてははならない事と、忘れてゆく事。
変わっていけない事や、変わってゆく事。
とある『痴呆症』の本に「痴呆症とは自尊心をなくしてゆく事」と書かれていました。
とある『戦争』の本に「敗戦で自尊心をなくした国民は、東京五輪によって再び誇りを取り戻した」と書かれていました。
台本と向かい合いながら、様々な想いが交錯し分岐してゆきました。

AUNの皆さんと出会い、登場人物が生まれました。
生まれ育った故郷の歴史や、家族や親族身内の話も参考にしました。
実際に乗車した蒸気機関車は力強く客車を牽引して、今も現役です。

出会ったものを一つ一つ切り貼りしながら繋げてゆくのが
台本を書くって事かもしれません。
自分で言うのも変ですが
『黒鉄さんの方位磁石』が書けて本当によかったです。

ドリフのいかりや長さんが頭のなかで言いました。
「次いってみよう!」
「…」
何も答えない高木ブーさんもいます。(偉大です)

次回は一体どんなお話になるのやら。











 
| 演劇 | 14:00 | comments(0) | - | pookmark |

『黒鉄さん…』その弐

前回(その壱)から間があいてしまいました…
本当に、頓着なくて凹みます。
千秋楽から三週間なのですが、まだまだ僕の記憶に焼きつたシーン(初日の上演に至るまでの)は健在ですからね。それを少々書こうと思います。

まず今回は…

こんな模型を、初対面の最初の美術打ちあわせで持ってくる美術家さんに感謝します!
今回の台本は、ト書きが多くてページ数では『じごろう』をオーバーしています。
痴呆症の方のお話を書いていて、僕が痴呆症のような混乱状態に陥ってしまい、
登場人物の出ハケや、セット背景や、時代や人物の年齢設定などがおぼつかなくなり、それをト書きにしたのでページも増えてしまったわけなのですが、そんな難解で未熟な台本を読んでくださり、いきなり持ってきていただいた美術プランに脱帽しました!

想いは伝わるんです。

いい意味で台本を覆してくださいました。
本当に、感激いたしました!

実際に、痴呆症(現代の表記は認知症)の方の混乱した世界を見事にセットに具現化してくださいました。



石炭の色も変わりましたし、今回の『黒鉄さん…』は、本当にスタッフのみなさまに助けていただきました。
『人を助ける』とは『出会い』と同じで、本当に感謝することとして難しいことだと僕自身は思っています。
開襟と申しますか、本音で語り合うと申しましょうか、『一線』を越えてお付き合いいただきましたこことに、心の底から感謝いたします。それになによりも、感動しましたし楽しかったです。

後日、その参に続けます。

| - | 22:22 | comments(0) | - | pookmark |

『劇団AUN 黒鉄さんの方位磁石 その壱』

劇団AUN 第22回公演『黒鉄さんの方位磁石』は、
28日、無事に終演いたしました。
梅雨の真っ只中、降られたのは1日だけでしたが、
その日も大勢のお客様が お越しくださいました。
ご来場下さいました全てのお客様に心より感謝申し上げます。

さて何からお話したらよいのやら、
思い出が溢れ整理できません。
ただ、そうですね、この作品は劇団AUNの皆様と
スタッフ様のお力を結集し一丸となったからこそ
この世に生を受けたような作品となりました。

クリックで挿入
稽古場で作業の時間。
石炭で使用する軽石は当初黒だったのですが、
スタッフの皆さんと協議の末、白に変更いたしました。
出演する劇団員の皆さんが衣装、小道具、制作等、
懸命に力を尽くす姿に、
なぜこの劇団が素晴らしいか
その理由が現れています。

稽古場には、常に汗と涙と感動がありました。



| - | 21:59 | comments(0) | - | pookmark |

『初日!』

 失言になってしまうのが怖いのですが、
今回の『黒鉄さんの方位磁石』は演劇ではないのかもしれません。


失礼!


不思議な作品なのです。


どうしてそう思うのかを、場当たり中に自問していました。
それにしても、僕がどうのこうの言う前にまず、
スタッフさんがいい。
本当にかっこいいのです。

スタッフさんと、ひとくくりにしてしまっては申し訳ないのですが
こんな未熟な僕なのですが、
そう言ってはいけないのですが、

本当にすごいのです!!

興行成績や視聴率…
そんなことはどうだっていい(怒られますが…笑)
もっと言えば批判や文句は…全て僕の責任です。
もっと言っちゃえば
演劇というものの本質を
今回の公演で、教えてくださります。

『黒鉄さんの方位磁石』は問題作です。
でも、これが、やりたかったのです。




| - | 00:57 | comments(0) | - | pookmark |

『黒鉄さんの方位磁石』

 「優しさってなんだろう…」

僕が今回の劇団AUNの『黒鉄さんの方位磁石』を自宅で書いているとき、たしか、窓の外のケヤキの木の葉が一枚も残っていなかったから、1月下旬だったかな。ふとポツリと「優しさってなんだろう…」とPCに向かってつぶやいた事がありました。

その独り言を聞いていた妻が、「わっはっはっは!」っと、背後で快活に大きな声で笑いました。
少しムッとして振り返ると
「難しいこと言うねぇ。」っと無垢な顔。

自分自身で納得がゆかず、何度か書き直した末でのボヤキだったはずでしたが
「あ、書き直そう。」
っと、迷いなくクリアのボタンを押して、再び台本を真っ白にした事を
中央線に揺られながらの帰路の途中、ふと思い出しました。


「優しさってこれだ!」

今回の本のテーマです。妻とのシーン。本日の稽古もそうでした。
優しい想いがいっぱい詰まって、自分の不甲斐なさを痛感し
そして出来上がった『黒鉄さんの方位磁石』なのです。


僕は、なんて幸運な日々を過ごさせていただいている事なんでしょう。
連日、連続、連投?…ふふふ。日々感動しまくっているのです。
だれしもが、
命を削りながら生きているんですね。
恥をさらしながら生きているんですね。
それが、一生を懸命に生きるってことなんですね。

前回もそうでしたが、今回もそうです。
稽古場に、たくさんの感動があります。
その一つ一つをこぼさぬよう、大事に大切にします!

正真正銘一番のファン。
心の底から僕は胸を張ってこれだけは言えます。
僕はこの劇団AUNが大好き!なのだ!!

| 劇団 | 23:49 | comments(0) | - | pookmark |

備忘録

 とりあえず。でけた…ふぅ。
| - | 03:55 | comments(0) | - | pookmark |

『劇団AUN版 有馬の家のじごろう 公演終了』

一昨日公演が無事に終了しました。
大勢のお客様にお越しいただきまして感謝しております。
温かいお言葉と拍手に包まれた、幸せな公演でした。



思い起こせば、今回のお話を新年早々にいただきまして
1月台本を修正して2月上旬に提出、下旬に本読みと
なかなか味わえないバタバタとした日々でした。

思い出すと失笑してしまうのですが、初めての本読みに参加できず
終わってからの飲み会に顔を出したときの、劇団員達の「お前はだれじゃ?」の
ギラギラする目線を一斉に頂戴した事は印象深いです。
僕はお酒にだらしが無いので、飲んでいろいろと暴言を吐いてしまいまして
大変反省したのでした。

『西南の役』を題材に取り扱うため、5月に取材で鹿児島に行ってきました。
島津斉彬公、西郷さん、桐野さん、戦没された皆さまのお墓参りをし、公演の無事を祈願して
城山を歩き、武家屋敷、知覧の特攻平和会館を訪れ
夜は芋焼酎をたっぷりと飲んできました。
あんなに市街地に偉人達の石像がたくさん立っている町は日本では稀なのではないかと思いましたが
そりゃそうですね。有史戦国時代以来日本を初めて統一したのは薩摩と長州なのですから。
日本最後の内戦が『西南戦争』です。それ以来、国民同士が戦うことは無くなりました。

5年前に半分の出演者で初演した時も、反響はあったのですが
今回の上演の方が、時代に沿っているように思われる事は
いい事ではありません。
でも、演劇という形で皆さまに見ていただいて感じてもらい
全力で演じて下さった劇団AUNの役者達の汗と涙を通じて
わずかでも意識の中に平和に対する種をまき、芽生えていただければ
上演した甲斐があったというもの!

『劇団AUN版 有馬の家のじごろう』は一昨日公演を終了いたしましたが
皆様の心に、じごろう達が生き続けることを願っています。
大勢のご来場、長い上演時間にお付き合いくださいまして
まっこて、ありがとうございました。
 


| - | 09:08 | comments(0) | - | pookmark |

『劇団AUN版 有馬の家のじごろう』

 何年ぶりでしょうか…こうしてブログを更新するなんて正直、思ってもいませんでした。
失礼な言い方ですね。始めに謝ります。
でも、今夜は書こうと思います。

3年以上も劇団の活動を怠っていたのは
書きたいものが無かったからではなく
書けなかったからです。
どうしても自分がイメージしたものが薄っぺらく
つまらないものだと、感じてしまう。
要するに書く事から逃げていました。



『有馬の家のじごろう』は今から五年前に書いた作品です。
もうああいう作品は書けないだろうと思っていましたし
演劇への情熱そのものが、寒冷化していた頃合いだったんでしょう。
そんな時、再び熱を帯び、焰を灯して下さったのは
『劇団AUN』さんでした。

演劇と真っ向と向き合い、一つの舞台を創り上げるには想像以上の過酷で理不尽な想いをします。
何故人生の貴重な時間を費やし、肉体を酷使し尽くし尽くさねばならぬのか…
そんな、いわば当たり前の疑問に対する答えを、この劇団は持っています。
『答え』というと仰々しいのですが、もしかしたら『応え』『堪え』なのかもしれませんが
一人一人が持ち合わせている姿勢に、僕は感動し勉強させていただきました。


登場人物も倍増し、上演時間も長くなってしまいましたが、改めて『有馬の家のじごろう』を書き直して、心の底から良かったと思っています。
なによりも、AUNの皆さんがいいのです。
ご迷惑を多々おかけしてしまいましたが、
この出会いと、共有させていただいた時間に
感謝感謝なのです。


鹿児島の皆さんもきっと見ていてくださいます。
いよいよ、明日劇場に入ります。
こんなに楽しみでは、今夜はなかなか寝付けないかもしれません。
『劇団AUN版 有馬の家のじごろう』
20日に幕が上がります。



| 舞台 | 21:33 | comments(1) | - | pookmark |

新たな局面を恐れない理由

 慌ただしかった日々も、一段落してみればそれほどの事でも無かったかのように

あれだけ欲しかった休日も、一人で過ごす時間にふと寂しささえ感じてしまい

出会った大勢の皆さんは、今何をしているのかなぁなんて、想いを馳せたり

一杯一杯で右往左往し、震える足で仕事をしてた自分に苦笑し

もっと、もっと、遊びたかったし(仕事で)

何よりももっと感謝の気持ちを伝える事が出来ただろうにと

悔やんだり、悩んだり

それでいて、かつての慌ただしさが懐かしく焦がれような

ごった煮状態の心中なのですが


旭川、山形、富山、浜松、春日井、茨木、福岡、熊本、鹿児島…

わずかな滞在期間に濃縮した時間があって、感謝の出会いばかりでした

本当に、お世話になりました



正直な気持ちを、本音を言えばですが、重圧に耐えきれずに緊張しっぱなしの数ヶ月でしたし

一人になると隅っこの方でイライラしてくる短気を抑え、ドキドキしてくるノミの心臓を隠し続けて、極力笑顔でいようとするあまり、かえって意味も無くヘラヘラしてしまっているかのようで、複雑怪奇な自分であったようにも思えます(笑)

でも終わってみれば、なんでそんなにも混濁した心持ちだったのかと

今はけろっとして、他人事のように思えてしまう所もあって

清々しく、またお仕事をご一緒にしたいなぁなどと、思っているのですから

人間、節操が無いと申しましょうか、図々しいと申しましょうか

あっけらかんなもんです

でも、この感情の変化には理由があって

出会った皆さんが素晴らしい人達で、何よりも一生懸命だった皆さんに

僕自身が感化され、影響を受けて、変わってゆけたと思うんです

勿論全員じゃないですよ、ごく一部にはどうしても受け入れられない人もいましたが…(笑笑)

そのごく一部の人との出会いも含めてですが、なんだか非常に想い深く貴重な時間でした



極端で強引な言い方ですが、生きていればいろんな事があって、

困難や辛い事があって

それをひとつ乗り越えれば

新たにもっと困難な事や辛い事が待っていたりします

この連鎖はこの先ずっと続いていくのですが、そんな事は分かっちゃいますが

必ず、そういう時はやってくるもんです

『時の流れ』の憲(劇団員)のブログを読みましたが

そういう時に直面し、それを乗り越えようとする気持ちになるのは、もしかしたら

乗り越えるように、その時に、誰かに、仕組まれているものなのかもしれません

え?一体誰に?

そんな事は一生分からんでも、いいでしょうし

そんな勝手でご都合主義な人を人は、『M』と呼ぼうが『馬鹿』と呼ぼうが

そんな事も一生気にしなくて、いいでしょう

立ち向かおうとする、その前向きになる気持ちは

常日頃、周りの人達から分けて頂いているものなのですから



新しい局面に至って、感謝の気持ちが残ってさえいれば

また、更なる局面を迎えても恐れずにいれる

どんな時でも、周りに助けられている

じじ臭いようですが、身にしみて実感しています。





























| - | 15:43 | comments(0) | - | pookmark |

『スペース』

 久しぶりに書きます

本当に、久しぶりで何を書いて良いのやら…

戸惑ってしまいます

でも分かって書くってのも(確信犯的って意味で)面白くないでしょうから

意気込みも気負いも捨ててしまって

何とは無しに、書いてみます


あれからどれくらい経ちましたか…

ふと周りを見渡せば、この国が震えた日以前と変わらない何気無い日常のようで

でもふとテレビをつければ、近場でホットスポットが見つかるたびに、目くじら立てて右往左往しているかのように、住民をインタビューする報道の数々

なんとも、現場で踏ん張っている人をおざなりにするようなその演出に、飛ぼうとして崖っぷちへ立った者へ、寸前で飛べずにしてしまうような事言ってどうするのかと、そんな人達の想いをないがしろにする内容に、甚だ辟易してしまっています…

決して僕は浦島太郎なのではないのです

今日も昨日もその前の日も、欠かさずニュースは読んできたのですが

でも震災原発関連の報道を見る度に、どんな声をかければ良いのやら、どんな行動を起こせば良いのやら、ぱっとリモコンのスイッチを消して明日に備えて寝てしまえば良いのやらと

戸惑っていた時間はとうに過ぎてしまって

実はそれは、『偽善』で

今日を食うのに精一杯で

それにかまけてBOTTOMのブログなんてないがしろにしていた訳なのです

なんとも、都合のいい自分本位の言葉なのですが

…言い訳にすらなっていませんね…




舞台なんて、しょせん、なんの『力』も無いんですよ

『こんな時だからこそ』なんて言っても、人生を変えるほどの『力』なんて持ってはい無いのです

そうなんです

BOTTOMの公演を観てくれるお客さんには大変失礼かもしれませんが、所詮、出演者の誰かの友達なり友人なり親族が観に来てくれて、そこそこの感想を嫌われぬ程度に言ってくれて

映画を見るお金の二倍の料金を払って

それはラーメンを四〜五杯食えるお金でして

それでも、時間を共有してくれているのです

そんな、自分本位の有意義な時間なんぞに満足するだけでこの演劇の世界に身を置くなんて

世間知らずのおこがましさも甚だしい!!

身の程を弁えぬ者の一人に

僕もなっておりました…



この七ヶ月間

たまたま仕事で日本各地に行かせて頂きましたが

サラリーマンの方々と時間を共有して感じた事があります

大人達よりも、現地で出会った高校生達に(仕事の内容なのですが高校生達と触れ合うのです)

心揺さぶられる瞬間が数多ありました

それは、単純な事なのです

北も南も含めて同じなんです

…わざわざ言葉を交わしてくれる。つまりは挨拶やお礼を言ってくれるんです

こんな時だからって訳ではないでしょうが、大人も必死で仕事をしていますし

それは、家族を養う名目にはなっていますが

でも、大人達の中には今日の糧、明日の事ばかりに目が向くあまり

仕事のくくりで何かしらの優越があるのでしょうか、言葉が言葉になって無いんですね

それはつまりはコミュニケーションがとれ無いのです

それは例えてみれば、本音で語り合わぬ為の、高々と強固な

壁、のような、お互いのうちに必死で積み重ねていくような

そんな殺伐さがあって

遠かれ近かれ震災をくぐり抜けた高校生達と一緒にいる方が

僕は、安堵し感動したんです

過去形ではなくて、年末までまだまだ継続中なのですが

そうなのです

どんな仕事でも、どんな時でも、どんな言葉を交わせられるか、触れ合えるか、を期待してしまうのが人間の性なのだと

先輩達は言っていました

僕もそう思います


さり気なく飾らない言葉が、どれだけ無垢で大切か

身につまされる時間でした



『もう、ノーサイドにしましょう』

どこぞの首相が申しましたね

それこそ、分かっとらんのです

なって無いのです

大人も子どものくくりもそうです

政治家の、いい大人達の面々でそれを公然と声高に謳ってどうするんですか

それこそ分かったとらんを曝けてしまっているんです

とどのつまり、自分が大人なのかも分かっとらんと思ってしまうのです



僕は、大人になりたいのです

人に迷惑をかけずに生きて行く事は出来ませんし

一人で生きては行けません

そんな事は分かっています

でも、何とは無しに恥を承知で言わせてもらうならば

誰かと誰かが出会うって事は、誰かと誰かの心が煩うって事なのですね

でも、煩うってのは病のくくりだけの言葉事では無くて

心と心が震えるって事だと思います



開けっぴろげの、こんだけ間を空けての、あえての言い訳にさせてもらいたのですが

僕の親はこう言ったのを書きますね

『便りが無いのは元気の証』

ありきたりで確信犯的な言い訳なのですが

たしかに、『無』かったですが


僕は元気ですし、良き経験をさせてもらっています

空間を埋めています

もったいないからですし

空間、スペース(宇宙)ってのは永遠の謎なのですし

なによりも、こうして生きているって有り難いですし

元々がもったい無いお化けに取り憑かれた貧乏人の性分を持ち合わせてはいるのですが

本来は、もったいない(勿体無い)って言葉は

万物に対しての畏れ多き感謝の言葉だって

僕は知っているのですし

ね。
















| | 03:12 | comments(0) | - | pookmark |

06
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--
Profile
New entries
Archives
Categories
Links
Recent comment
Recent trackback
Mobile
qrcode
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM