<< 『演劇発祥の地へ』 | main | お詫び >>

栄光と悲劇

 きっかけは昨年のトルコでした

ステージスタッフのトルコ人達と束の間の会話の途中で、ふと、ギリシャの話題になった時

彼等話す言葉の端々に、何やら引っかかるものがありました

どうやら、トルコとギリシャの間には他国の者が口を挟めぬ因果があるらしい…



帰国後、思い出の片隅にしこりのように残ったままだったので、調べてみる事にしました

隣接する二つの国

ビザンティン→コンスタンチノーブル→イスタンブールと名前の変わってゆく都市は、現トルコにあります

ローマ帝国が395年に東西に分かれ、東ローマ帝国の首都がコンスタンチノーブルに置かれ、1000年統治支配されていた後、1453年トルコに滅ぼされました

東ローマ帝国はギリシャ、エジプト、シリア、小アジアを有していました

日本が誇る世界最古の木造建築法隆寺でさえ8世紀ごろ、その前の卑弥呼の話などでも3世紀、その前となると縄文時代…もはや原始時代と同じのイメージになってしまう僕なのですが、卑弥呼の時代には既に欧州では映画で見る様な絢爛豪華な鎧と剣で戦っていた事になります

そのローマ帝国以前では、もはや紀元前(キリストが生まれる前)の出来事になるのですが、マケドニア王の子アレクサンドロスがギリシアを支配した後、シリア、エジプト、ペルシャを征服、インドまで攻め入ってバビロンに凱旋した翌年亡くなったのが紀元前323年

映画『300』になったギリシャの都市国家スパルタの王レオニダスが300名でペルシャのクセルクセスと戦ったテルモピュライの戦いが紀元前480年

ブラビの『トロイ』のトロイヤの戦いともなると、もはや神話の領域で紀元前数千年となります

もう、想像の範囲を超えてしまうのですが、重要なのはギリシャ文化が広範囲に渡って広がっていったのは、これらの壮大な歴史に因ってであって、それをギリシャが誇りに思うのは必定な事なのでしょう

でも、その裏を返せば、侵略され陵辱され続けた国があってそこで暮らしていた人々がいたって事なのですね

因果な事ですが、東ローマ帝国を滅ぼしたオスマントルコ帝国はその後領土を拡大してアジア、アフリカ、ヨーロッパ(ギリシャもトルコに支配されていました)を侵略し第一次世界大戦で敗北後トルコ革命で消滅しました

二つの隣接する国の歴史は、今現在でも引き継がれる感情の端にしこりとなって彼等に残っているのかもしれません

それを感じる事は出来ても、理解するまで至らなかったのは、島国で生まれ育った僕だからではなく、まだまだ見聞の域が狭く無知で蒙昧だからに他なりませんね。

ゼウスの神殿









| ギリシャ | 10:08 | comments(0) | - | pookmark |
Comment










05
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--
Profile
New entries
Archives
Categories
Links
Recent comment
Recent trackback
Mobile
qrcode
Others
無料ブログ作成サービス JUGEM